みなさんご無沙汰でした。
いや~実に3か月もブログ更新してなかった。・・・というよりそういう気力がなかったというのが本当のところです。GWに突入してすでに4日が過ぎていますが、どうしようかという感じでした。
その間、みなさんからメールやコメントをもらっていましたが、それも返事できずで申し訳ありませんでした。公私ともに非常に不安定な状態。
元気でやってるかい、といったコメントもありましたが、返事するとしたら、元気ないよ、精神的にガタガタの状態でイライラのしっぱなしでもう爆発寸前といったところか。(今もかわりませんよ・・)
陰にこもってもますますまずい状態だと思うので、ボヤクことにしました。ごめんなさいね、しばしお付き合いしてください。
仕事は、
昨年の7月以降ずっと忙しい状態が続いています。(もっとも僕の担当するのは3年前からずっと続いていますけどね)
この時点で、定年延長で仕事をしていた人が一人減り今のご時世ですから補充もなし。
その人の仕事を引き継ぐ形でGr員が一人減りました。引き継いだ人がしてた仕事は?
当然僕らに回ってくるわけです。
僕の立場は、身体のこともありGr員のサポートで、他のものがメインですると言う話になっていたのが、まったくの最前線。
上司、同僚、部下に対する思いもこの辺りからかなり変化してきています。
一言でいえば、あきらめの境地かな。
その目は以前からあり、客先立会というのはよほどのことがない限りは僕はしない、というのもホゴ。だけど、逆に客の相手をしている方がニコニコしていて、ストレスの発散になっているかも。(^-^; まさか、客の前で苦虫をつぶしたような顔をしてられませんからね。
ただ、その場合は工場内をかなり歩きますので、体力的にはかなりきついものがあります。
当然、残業もこのころからみんなウナギ登りです。僕も超過残業をしたわけですが、翌月の産業医の問診で超過残業不可となっています。が、実態は・・・(^-^;
他のGr員はほとんど毎月はるかにオーバー。けれども、上司の言い方はなぜそんなに残業が多いの? です。ハハ、笑うしかないね。
そうこうしているうちに、2月に工場長が交替。人事移動は4月、10月が多いので異例のことです。前任の工場長はわずか1年4ヶ月か。本社から来られたわけですが、なぜかというのも見え見え。本社に行く前は東京工場長をしておられ、徹底的な内作化を進めて、立て直したという実績があるそうな・・鈴鹿工場には何のしがらみもありません。内作化というのは結構なことだとは思います。外注化を急ぐあまり、結果的に工場内の技術レベルが著しく低下していると感じています(指導できる人間が少なくなっている)。
入社して30数年になりますが、まったく経験したことのないミスが連発しています。一目でおかしいのではないかということも見過ごされてしまっている。
2月の中旬に上司に呼ばれ、契約社員は3月いっぱいで更新は打ち切りとなる、との説明がありました。僕が担当するところでは、2人です。一人は僕の左隣に座っている子ですよ。
送別会もしたわけですが、僕は二人に感謝の言葉と記念品代のみ贈り参加しませんでした。(悪い酒となりそうだったからです。多分きれてた。)
総務の受付の子も一人対象になってましたね。最後の日に、客立会対応のため本館にいきましたので、言葉をかわしました。やはり、さびしいもんです。
また、人が少なく忙しい時に、一人3月末から4月初めにロシアに出張。(結局は、現地ではホテルで待機するだけ)。彼しかわからないような仕事のフォローを僕がやらされる始末。ま~一応僕がリーダーということになっているから、他の者にまかせられないということもあり反論もしなかったけど・・する気もなかったというのが本音。
そして、4月1日付けの人事異動で、またも工場長が交替。わずか2カ月です。目的が見えますね。本社に戻り、工場長の上にあたる事業部長に就任。うちの課長も交替(前課長が定年が近づいているということもあり主査となり、主査が課長となったので立場が反対になっただけ)。
依頼されて、拒否していたようなこともこれからやらされそうだし、5月1日付けで同じような仕事をしている同年代の人が、配置転換でいなくなる。上司曰く、損益のわりに人が多いそうな・・・
損益ではなく、仕事の量と質だと思うんだけどな~。それを僕のGrでカバーするということらしい。
何せ、課長級クラス以上は何十人もいるけど、僕の担当する機種を理解できてる人は3,4人しかいなくなっている。損益、損益でどうしてもこうなってしまうか。
連休明けすぐに、7,8月の物量対策についての打合せがあります。暇なんじゃないですよ、忙しすぎてどうこなすか、という打ち合わせです。
なるようにしかならないね・・・
私事では
義母が、3月8日に亡くなりました。2月末に入院して、持ち直したのでその週の土曜日、10日に見舞いに行く予定でしたが、10日が告別式となりました。
8日の昼に連絡を受けたので、その日は仕事をしてから翌日の昼過ぎに出発。通夜の納棺前に到着したので、触らせてもらい納棺の手伝いもさせてもらいました。
家族葬という形で、身内だけの葬儀でした。が、本当に久しぶりに会ったので、あ~でもないこ~でもないといった話が僕のところに入ってきます。
双方から僕の方に話が入るもんで、ただただ聞いているだけです。
いろいろなことがあり、49日法要には行けませんでしたが、初盆には参るつもりです。
義兄弟には会いますが、その子供に会うことはまずありませんから、大きくなった姿を見て、はあ~年取ったなと感じた次第です。
ハハハ、長~くなっちゃいました。これでも全然足りないな。けど、ちょっとはスッとしたかな。最後まで読んでくれて(._.)アリガト
5月4日追記
3か月も書かないと、書き方とか、編集の仕方とか忘れてしまってかなりの悪戦苦闘でした。何事も、こまめにしないとダメですね。